kinkuma0327 じこぼう
kinkuma0327
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自己紹介:のんだくれの激モテサラリーマン。たまに更新されるヘッダー画像を美味しそうと褒められると内心喜びます。 基本、絡み方が気持ち悪い人はブロックします。改変ツイートは見つけ次第、ブロックする仕様です。リプライにあまり返信しないのはシャイだからです。ごめんなしゃい。
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更新日時 09/25 19:09 [5]更新
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 2022年09月24日(土)[4]
同じように、例えば著名人の差別発言が炎上するとき、我々は現在、我々が存在する社会そのものの中に構造化された差別の存在を忘れている、ということはないか。差別や偏見を「擬人化」して批判することが、差別や偏見を未だ乗り越えられない我々の社会を変えないことへの弁解となっていないだろうか。
11:04:01
選択的夫婦別姓や同性婚を妨げているのも、性教育バッシングをしたのも家庭教育支援法を制定しようとしているのも自民党だ。統一教会さえ切り離せば自民党は自由でリベラルな政党になる、というわけではない。このままでは統一教会がスケープゴートにされ、自民党が「漂白」される可能性すらある。
10:55:34
自民党議員の反LGBTや反ジェンダー的発言が、即座に「統一教会」に結び付けられて語られることには、私は別の危惧がある。性や家族制度に対する彼らの思想それ自体は、むしろ自民党そのもののほんしつであることが、統一教会が前面に押し出されることで忘れられてしまうのではないか、という懸念だ。
10:54:39
あいかわらず懲りもせずに誘致しようとしている2030年の札幌オリンピックとやらのスローガンは「汚職からの復興五輪」だろうか、それとも「ワイロに打ち勝った証としての五輪開催」だろうか。 IOC渡辺委員 “東京五輪贈収賄事件 日本の地位を崩しかねず” | NHK www3.nhk.or.jp/news/html/2022
10:33:53
 2022年09月22日(木)[3]
「のろさ」は民主主義のコスト、というのは正論ですが、だからこそ国会での議論などのめんどくさい手続きをすっ飛ばし、閣議決定を連発し既成事実化して押し通すような政治はダメなのではないですか。力のない人間が力を持つ可能性に怯えるより、「現に力を持っている人」をも少し批判しませんか。 twitter.com/lullymiura/sta
17:50:24
あいかわらず、正義が力を得た場合の負の作用がどうたらこうたらと底の浅い話が流れてきましたが、正義だろうが不正義だろうが絶大な「力」を持たせたら危険、というだけの話です。だから三権分立とかが大事なわけで、閣議決定で重要事項をポンポン決めちゃうようなやり方はダメっていってるのですよ。
17:30:16
「日本人の一般的な死生観」ってなんなのでしょうか。「国葬」とやらを大仰に執り行うのが、「日本人の一般的な死生観」に合致しているのでしょうか。「国葬」とやらへの反応をもって「日本人かどうか」を測ろうとする排外的傲慢さにおいて、玄葉氏と二階氏は全く同じですね。 www.yomiuri.co.jp/politics/20220
07:52:13
 2022年09月21日(水)[1]
政治的主張に焼身自殺という手段を用いることには絶対反対の立場だが、焼身自殺をするような人が出たのはそんな政治的主張をする人たちの責任だ、そんな政治的主張は一切認めるな、などと主張する人たちのように、人命に関わる事態を「敵失」と思い成し大はしゃぎするゲスに成り下がるのも嫌ですね。
17:50:50
 2022年09月20日(火)[1]
元電通マンが地方公務員に転身、という記事に飛びつき、みんなでお手手つないで元気に冷笑している連中、学歴をバカにしたり、派遣社員だった奴が元電通マンを名乗るな、みたいな非正規差別を始めたりしていて閉口するし、みんながバカにしているから私も一口乗ろう、みたいなネット文化、壮絶に嫌い。
18:02:08
 2022年09月19日(月)[1]
政府にとって「国葬」とやらは、むしろ「反対する60%に見せつけるため」にこそ、やるべきものなのだろう。一度権力が決めたことはどんなことがあっても翻らない、反対しても踏み躙られるだけだということを見せつけるためにこそ、彼らは「国葬」とやらを強行するのだ。 nordot.app/94412895347004
15:54:41
 2022年09月18日(日)[1]
トレンドにまた「竹中平蔵」の名前があり、言及しているツイートのほとんどが否定的、批判的なスタンスであり、ネット民の竹中嫌いは相変わらずですが、自分が儲けることしか頭にない竹中平蔵本人より、そういう人間を重用し、政権に関わらせていた安倍晋三や菅義偉の方が私は腹が立ちますけどね。
19:55:45
 2022年09月17日(土)[1]
結局のところ、個々の拉致被害者や家族の事情より、北朝鮮という「外敵」とま闘っているフリをし続けることで、反北朝鮮の国内世論を維持する方を選んだ、ということだろう。どんな政権にも功罪はあると思うが、安倍の死以降、次から次へと「罪」の部分が明らかになっていく。 nordot.app/94361337483857
12:25:43
 2022年09月16日(金)[3]
「あーあ。デマに騙されちゃった。今後は気をつけなきゃね」で終わりにするのではなく、なぜ何の裏付けもなくこの手のデマに飛びつき、あるいは嬉々として拡散してしまうかを考えるべきだ。デマを信じる人間のリテラシーの問題、だけではない。根っこにあるのは、社会に漂う差別や排外主義の問題だ。 twitter.com/asahi_kc/statu
18:04:31
しかし、賠償金の支払いを命じる判決は至極当然のこととして、本来であれば人命を重んじ人権を擁護すべき公務員の立場でありながら、もがき苦しむ収容者を平然と放置し、惨たらしく死に追いやった入管職員やその上司、そして組織の責任は、民事だけでなく刑事でも問われるべきではないのか。 twitter.com/kinkuma0327/st
17:53:43
床の上で苦しんで転げ回っていたのに放置され、翌日朝に死亡。1人の人間の生命が失われたことに対する償いが165万では安すぎるが、入管の非人道的な行為の違法性を認める判断が下されたのは前進である。/カメルーン人男性収容死 国に165万円賠償命令 水戸地裁 | 毎日新聞 mainichi.jp/articles/20220
17:45:02
 2022年09月14日(水)[4]
参院厚労委員会の過労死問題の議論中、過労死の当事者遺族が傍聴する中でヘラヘラ笑っていた安倍晋三の面相を思い出す。ナショナルセンターのトップが、そんな人間の「国葬」とやらに「労働者の代表で」のこのこ出席することに、私は「労働者の一人として」抗議申し上げたい。 mainichi.jp/articles/20220
18:47:45
しかし、「総理大臣は行政のトップで警察や検察は行政府なのだから、総理大臣の安倍晋三が捕まえるな、起訴するなといったらそれに従うのが当然だ」くらいのことはいいかねない人間や、そういうデタラメな言説を支持しかねない人間がちらほらと頭に浮かんでくるので、日本は法治国家かどうか怪しい。
18:16:56
安倍晋三が高橋治之に対し、「大丈夫です。絶対に捕まらないようにします」と約束したっていう話、すごいですね。つまり、もしも安倍晋三が生きていたら、高橋に対する捜査も五輪汚職の追及も有耶無耶にされていた、ということじゃないか。もはや、法律も何もあったもんじゃない。ヤバいな、日本。
17:57:51
つまり、辛坊治郎にとって、「国葬」とやらの案内が届くことは、政府から特別な存在として認知されることとイコールなわけだ。お友達を優遇し、息のかかった同志に利益を配分してきた安倍政権の本質に照らせば、「国葬」とやらの案内状が醸す不協和音は興味深いものではある。 www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/44
07:49:22
 2022年09月13日(火)[2]
確かに、社会運動なんぞやったところで社会は変わらないぞ、などという冷笑に包まれ、社会を変えようと考えるより自分を変えよ、などという自己啓発的な言説が溢れかえった社会では、カルトが蔓延するのも然りではある。
18:38:04
実家が太い奴も新興富裕層も挙ってデモを冷笑し、社会運動をやる奴なんてバカだの陰キャだのなんだのとせせら笑っているのが今の日本なわけだし、我々に学生運動の世代を笑う資格なんてあるのかね、とは思う。
18:26:30
 2022年09月12日(月)[2]
ただの「お弔い」に収まらない、政治性が高い国家的イベントにしようと画策した側が、「お弔いにも出ないなんて…」みたいなことを嘯いていて呆れた鉄面皮だが、この程度の厚かましくも弛緩し切った論理でも、自公政権や安倍晋三を擁護する文脈なら喜んで食いつくようなダボハゼには大好評なのだろう。
12:40:29
そもそも、個人の弔いとしての葬儀と、政府が主催して執行する国家イベントとしての「国葬」とやらが同一であるはずはなかろう。遺族が私費で故人の墓を建てるのと、権力者が前方後円墳を作るのとを同一視するようなものである。
07:52:54
 2022年09月11日(日)[2]
自己責任論も結局は、社会に存在する不公正や不公平を出来うる限り除去し、社会構造を漸進的に改善するという問題解決の回路を予め放棄し、不公正や不公平を所与のものとして受容しろ、という言説に他ならない。公正社会の実現ではなく、「不公正な社会における処世術」こそが皆の関心事になっている。
09:28:39
「正義や公正を問うことはバカのやることだ。正義や公正の不在を嘆くのではなく、その中で巧く立ち回るのが賢い人間だ」という空気が社会に広がっている。不公正を追及すると立ち現れる、「そんなことをやっているから、君たちは負け続けるんですよ」的なインテリたちの冷笑はその空気を象徴している。
09:27:10
 2022年09月10日(土)[5]
デモや社会運動を嫌悪する彼らが重視するのは、コネクションである。エリートの繋がりを駆使して権力に食い込むことで、彼らは「決定する側」に立とうとする。彼らが森友・加計問題を追及する側を冷笑したがるのはある意味で当然だ。コネで権力に接近するのは、彼ら自身の振る舞いでもあるからだ。
07:46:33
新興エリートの左翼嫌い、リベラル嫌悪の根幹にあるのは、デモや社会運動を忌避する思想だ。彼らは多分、社会全体を一部の「決定する側」と、その他の「決定をインストールされる側」とに分つことで、社会を合理化できると考えている。そういう社会の実現のためには、社会運動は邪魔でしかないのだ。
07:40:36
ワイングラスを傾けながら、絨毯爆撃だの全部殺せだのと軽口を叩く夏野の姿からは、「私たちは社会を改革できるエリートであり、“決定する側”の特権階級である」という驕慢が溢れていたし、実際、彼ら新興エリートたちの思想というのは、改革を進める我々の決定の邪魔をするな、というものなのだろう。
07:38:37
今回のBPO 案件に限らず、デモや社会運動により、政府などの権力の決定を翻そうとする者に対する冷笑的な態度を広めようとする言論人の存在が気になっていた。例えば、「炎上」の様相を呈している夏野剛の「B2爆撃機でその辺絨毯爆撃したほうがいい」みたいな発言も、そういう文脈に位置している。
07:37:07
NHK五輪番組虚偽字幕問題でのBPOの意見書を斜め読みしたが、放送がデモの価値を貶めたことについても言及されていた。単なる字幕の問題ではなく、市民運動に対する偏見の助長という報道被害も生じている極めて重大な違反行為であることを、当事者のNHKのみならず全メディアが認識した方がいい。
07:36:43
 2022年09月08日(木)[1]
「国葬」とやらを執行するにあたり三権の了承すら取り付けられないようなら、それもまた安倍晋三に対するある種の評価なのではないか、とも思う。三権の了承もなく、世論の指示も得られていない「国葬を見る会」の開催など、それこそ故人にとっても汚辱なのではないか。 www.asahi.com/articles/ASQ97
18:12:35
 2022年09月07日(水)[4]
汚職の五輪の象徴のように醜く咲き誇る自己愛の花と、その周りに集まり忖度の鱗粉を振りまく蛾の群れ、といった風情である。実に悪趣味で卑俗で権威主義的で、いかにもオリンピックそのもののような胸像ではないか。この過ちを後世まで語り継ぐため、是非とも建立してほしい。 www.asahi.com/articles/ASQ96
19:54:36
まあ、円安による物価高や子供の安全や教育などを議論すべき、という意見自体は否定しないが、「だったらまず、国葬なんぞ、さっさとやめればいい」という話でしかない。国葬をやめさえすれば、もっと別のことを議論できるのだから。 www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/44
17:35:30
保守勢力が統一教会を自分達から切断するために「反日」などという分断の言葉を使うのはいつものことだが、我々までがそういう言葉を無批判に選択するのは危険ではないか。その手の曖昧で無意味な言葉は、反復して使われることで「意味」を獲得し、やがて排除の言葉として定着していくのだ。
08:16:26
こういうのを見ると、統一教会の霊感商法を批判する文脈であっても、「反日」などという言葉を安易に流通させるのは危険だなと感じます。そもそも「反日カルト」とは何か。単に「カルト」でいいではないか。「親日」のカルトなら、政権と繋がっていてもいいのか。 www.daily.co.jp/gossip/2022/09
08:00:08
 2022年09月06日(火)[5of6]
いつも思うのだが、感覚がズレまくったこの手の公人の偏見と無理解に満ちた素っ頓狂な差別発言よりも、こういうエキセントリックな人の思惑どおりに、未だに同性カップルを結婚から排除し続ける日本の婚姻制度のほうがはるかに問題だし、その意味で我々の社会はこの議員を笑えないのである。 twitter.com/kinkuma0327/st
19:00:36
不寛容に対しても寛容であるべきだ、みたいなことをあたかも根源的な問いであるかのようにいう人がいるけど、実はたいした問題ではなく、要するに「個人が内心でいかに不寛容な考えを持っていようがどうでもいいが、社会制度は常に寛容を目指すべきである」というだけの話なのである。
17:31:58
「不寛容にも寛容であれ」というと難しく聞こえるが、例えば婚姻制度を同性カップルにもホモフォビアにも、双方に寛容な制度にするのは実は簡単だ。そもそも、差別者であるという理由で婚姻が許されないという制度は存在しないのだから、単に同性婚を認めるだけで、双方にとって寛容な制度となるのだ。
17:29:36
個人の内心に入り込んで、差別感情を取り去ることは難しい。例えば、下野の議員の差別感情を除去することはできないだろう。個々の人間が不寛容であろうが、内心の自由の範囲の問題である以上は立ち入れない。しかし、社会が不寛容であってはならない。社会制度は寛容の精神をもって設計されるべきだ。
08:06:01
制度改正より理解増進が先、という論理は結局のところ、「我々が差別をしているわけではない」などと、自分自身が差別者とみなされることを回避しつつ、説得不能な差別者を説得するというほとんど不可能なミッションを、差別的な制度の変更を求める側に一方的に課しているだけのように思えるのだ。 twitter.com/kinkuma0327/st
07:56:45
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